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「リズムで走る」とは何か。


 

 突然ですがあなたは長距離走・マラソンの「リズム」についてどのように考えていますか。

 

 マラソンのトレーニングをしていて、指導者からアドバイスを受けたり、YouTubeの解説動画を見たりしていると、必ずと言っていいほど耳にします。


「もっとリズム良く走って!」 「後半はリズムで押していこう!」 「一定のリズムを刻むことが大切です」


 あなたも一度は言われたり、聞いたりしたことがあるのではないでしょうか。 そして、その度にこう思ったはずです。


「いや、リズムって具体的に何なんだよ……」 「抽象的すぎて、どうやって改善すればいいのか分からない」

 

 音楽をやっているわけでもないのに、走る上で「リズム」とは一体何を指しているのでしょうか。足音の「タン、タン、タン」というテンポのことでしょうか?腕振りのタイミングのことでしょうか?

 

 実は、長距離走・マラソンにおいて「リズムで走る」というのは、決して感覚的でフワッとした精神論ではありません。運動生理学的に、私たちの体の中で起きている「極めて具体的な現象」を指しているのです。

 

 本日は、この誰もが口にするけれど誰も明確に説明してくれない「ランニングにおけるリズムの正体」について深掘りして解説していきます。

 

長距離走・マラソンにおける「リズム」の正体とは?

 結論から申し上げます。長距離走・マラソンにおける「リズム」とは、運動生理学の言葉で言えば「運動単位のローテーション」のことです。

 

 少し難しい言葉が出てきたので、分かりやすく解説します。私たちの筋肉(筋繊維)は、一本一本バラバラに動かすことはできません。脳から出た1本の運動神経には、およそ300本程度の筋繊維が束になってくっついています。脳から電気信号が送られると、この300本の筋繊維が「全か無かの法則」に従って、一斉に収縮します。この「1本の運動神経+それに連なる筋繊維の束」のことを「運動単位」と呼びます。

 

 100mを走るトップスプリンターが全力で走っている時、あの美しいふくらはぎの筋肉の約7割の運動単位が同時に動員され、強烈な力を生み出しています。

 

 では、マラソンランナーがレースペース(例えば1キロ3分ペース)で走っている時はどうでしょうか。実は、下半身の運動単位の「約4割程度」しか使われていません。

 

 そしてここからが、リズムの核心です。 マラソンランナーは、スタートからゴールまで「同じ4割の運動単位」をずっと使い続けているわけではありません。もし同じ筋肉の束だけを42.195kmも使い続けたら、すぐに疲労困憊して脚が止まってしまいます。

 

 ではどうしているのかというと、4割の運動単位を「交代で(ローテーションしながら)」使っているのです。

 

「Aの運動単位が少し疲れてきたから、休ませてBを使おう」 「Bが疲れてきたから、次はCを使おう」

 

 このように、長距離を走っている時、実は体の中では筋繊維の細かい交代劇が絶えず行われています。走っている最中、少しきつくなったなと思っても、しばらくするとまたスッと楽になる瞬間があるのは、この運動単位のローテーションがうまく切り替わった証拠です。

 

 そして、この運動単位のローテーションが最もスムーズに、無駄なく、滞りなく行われている状態のことこそが、長距離走における「リズムに乗って走っている状態」なのです。

 

なぜ長距離走・マラソンには「リズム」が必要なのか?

 では、なぜそこまでしてリズム(運動単位のローテーション)を保つ必要があるのでしょうか。それは、マラソンという競技の特質と、エネルギー消費の法則に関係しています。

 

① エネルギーの枯渇を防ぐため

 先述の通り、一部の筋肉ばかりを酷使していては、すぐにその部分のエネルギー(グリコーゲン)が枯渇してしまいます。フルマラソンを走り切るには、全身の筋肉をなめらかに交代で使い、一部の筋肉に負荷が集中するのを避ける必要があります。

 

② 「加速」と「減速」が最もエネルギーを無駄遣いするから

 宇宙の法則でもありますが、物体が最もエネルギーを消費するのは「加速する時」です。一定の速度で巡航している時が、最もエネルギー消費が少なくなります(ランニングエコノミーが高い状態)。 車のエンジンをかけるとき、ブレーキを踏むとき、エアコンを起動させるとき、通常よりも多くのガソリンや電気を使用するようなイメージをするとわかりやすいです。

 

 リズムが崩れるということは、ストライドがバラついたり、ピッチが極端に落ちたりして、一歩ごとの「減速と加速」が大きくなることを意味します。これが続くと、無気的代謝(非常用のエネルギー)を余分に使ってしまい、血中乳酸濃度が上がり、結果として大失速を招きます。

だからこそ、ペースの上げ下げを最小限にし、一定のリズムを刻み続けることが、マラソンにおける最大の防御であり、最大の攻撃になるのです。

 

リズムを一定にすることの「3つの絶大なメリット」

 リズムで走ること(運動単位のローテーションがスムーズに行われること)は、ランナーに絶大なメリットをもたらします。

 

メリット①:リラックス・脱力・無駄な力が抜ける

 長距離走の究極の走技術は「リラックスして、かつ速く走ること」です。 しかし、人間は「ペースを作ろう(速く走ろう)」と思うと力みが生じ、逆に「脱力しよう」と思うとペースが落ちてしまいます。このジレンマについて、料理に例えると、

 

「自分でペースを作るというのは、醤油(ペースを作る力)と砂糖(脱力)を少しずつ入れながら、甘さと辛さの微調整を測るような非常に難しい作業です」

 

トップレベルのレースで、ペースメーカーがいると選手が楽に走れるのはなぜか。それはペースメーカーが「醤油(ペース)」をあらかじめ入れてくれるため、選手はただついていくこと、つまり「砂糖(脱力)」だけに全集中できるからです。

 

 あなたが「一定のリズム」を自分の中に確立できれば、それは自分の中にペースメーカーを飼っているのと同じ状態になります。リズムに身を委ねるだけで足が勝手に回転する状態になれば、無駄な力が極限まで抜け、エネルギーの浪費を防ぐことができます。

 

メリット②:深い集中状態(アルファ波・フロー状態)に入れる

 リズムが一定になると、脳は余計な情報処理をしなくて済むようになります。 「今日は何分ペースだ」「あ、少し遅れたから上げなきゃ」と頭で考えながら走っているうちは、脳は「ベータ波(緊張・警戒状態)」になっており、エネルギーを消耗しています。

 

 しかし、一定のリズムを刻み、足音と呼吸がシンクロしてくると、脳は徐々に「アルファ波(リラックスした集中状態)」へと移行します。この状態になると、心理学でいう「スコトーマ(心理的盲点)」が適切に働き、走る苦しさや周囲の雑音が意識からシャットアウトされ、時間が経つのを忘れて走ることに没頭できるようになります。精神的な疲労が激減するのです。

 

メリット③:マラソン後半の失速を防ぐことにつながる

 マラソンの30km以降、脚が重くなり、思い通りに動かなくなる時が必ず来ます。筋肉が痙攣しそうになる(ブチッと来そうになる)こともあるでしょう。 多くの市民ランナーはここで焦り、「フォームを直さなきゃ」「ジェルを飲んでエネルギーを補給しなきゃ」と小手先のテクニックに頼ろうとします。

 

 しかし、30km以降で脚が攣るのは、単純にそのペースで42.195kmを走り切るだけの脚がまだ出来ていないからです。ジェルを飲んだからといって即座に治るものではありません。

 

そういう危機的状況に陥った時こそ、「目の前のリズムと自分の呼吸だけに全集中する」ことが何倍も重要になります。 痛みを「一種のフィードバック」として冷静に受け流し、極力体の力を抜いて、刻み続けてきたリズムだけを崩さないように耐える。それこそが、大幅なペースダウンを防ぎ、ゴールまで自分を運んでくれる唯一の命綱になります。

 

どうやったら「リズム」を取れるのか?(実践編)

 では、ここまでお話ししてきた「運動単位のローテーション=リズム」を、どうすれば自分のものにできるのでしょうか。具体的なアプローチを3つご紹介します。

 

実践①:ピッチ(ストライド頻度)を最適化する

 リズムの土台となるのは、足の回転数、すなわち「ピッチ」です。 ケニアの伝説的なコーチであるブラザー・コルムは、ランニングにおける「タイミング(リズム)」について明確な指標を示しています。

 

「エリートランナーは1分間に180歩以上のステップを刻む。これは400mからマラソンまで共通している。全てのランナーは1分間に180歩以上の歩数をゴールとすべきだ」

 

 ちなみに、私が1キロ3分ペースで走る時のピッチは1分間に約190歩です。 もしあなたのピッチが1分間に160歩〜170歩台であれば、一歩ごとの着地衝撃が大きくなりすぎて、ブレーキをかけながら走っている状態(リズムが滞りやすい状態)になっています。 まずはGPS時計のデータなどを確認し、普段のジョグから「1分間に180歩」のリズムを刻むことを意識してみてください。これだけで、脚のローテーションは驚くほどスムーズになります。

 

実践②:目標ペースの反復による「脳への学習」

 残念なお知らせがあります。 「よし、右ふくらはぎの運動単位を3つ使って、次は休ませよう」と意識的に操作することは、人間には絶対に不可能です。運動単位のローテーションは、完全に無意識で行われるからです。

 

 ではどうやってローテーションを上手くするのか。答えは「脳に学習させること」です。 人間の脳と体は、何度も何度も同じ動作を繰り返すと、その動作を「より楽に(経済的に)」行おうと神経回路を書き換えていきます。

 

 だからこそ、「目標とするレースペース(もしくはその周辺のペース)を、反復して走ること」が絶対的に必要なのです。 ゼーハーと限界まで追い込む必要はありません。「半分寝ていてもそのペースで走れる」という無意識状態まで、何度も何度も体にそのペースを経験させること。それにより、脳が勝手に「一番疲れない筋肉の使い方(リズム)」を見つけ出してくれます。

 

時計を見ない「ファルトレク」や「流し」の導入

 とはいえ、毎日時計を睨みつけながら「キロ◯分ペースで走らなきゃ」と意識しすぎると、逆に力んでしまい、リズムは崩れます。

 

 そこで有効なのが、「ファルトレク(時間で区切る変化走)」や、普段のジョグの最後に入れる「流し(100m程度の快調走)」です。

 

 ファルトレク(例:1分速く走って、1分ゆっくり走るを繰り返す)は、距離やペースの設定がありません。時計の「キロ◯分」という呪縛から離れ、自分の足音のリズム、呼吸のリズム、腕振りのリズムだけに集中して走ることができます。 自然の中で、風や地面の感覚を感じながら「リラックスして速く走る」動きを体に学習させることで、驚くほど自然なリズムが身につきます。

 

リズムとは、あなたの体が導き出す「最適解」である

 いかがだったでしょうか。 「リズム良く走る」ということは、単なる気休めのアドバイスではなく、「無駄な力みを排除し、筋肉をローテーションさせながら、最もエネルギー効率の良い状態(アルファ波)で巡航すること」だということがお分かりいただけたかと思います。

 

 陸上競技は、最終的には「ある距離をできるだけ速く走る」という極めて物理的で過酷なスポーツです。しかし、人間の体という複雑なシステムを最高効率で動かすためには、ガムシャラな力みではなく、水が流れるような「リズム」が不可欠なのです。

 

 次回の練習では、少しだけGPS時計の画面を見る回数を減らしてみてください。 その代わりに、自分の足音、呼吸の感覚、そして体に流れる「リズム」に耳を澄ませてみてください。脳が学習し、体が最適解を見つけ出した時、あなたのランニングはもっと楽に、そして劇的に速くなります。ぜひ本日の練習からやってみてください。

 
 
 

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筆者紹介

​ウェルビーイング株式会社代表取締役

池上秀志

経歴

中学 京都府亀岡市立亀岡中学校

都道府県対抗男子駅伝6区区間賞 自己ベスト3km 8分51秒

 

高校 洛南高校

京都府駅伝3年連続区間賞 チームも優勝

全国高校駅伝3年連続出場 19位 11位 18位

 

大学 京都教育大学

京都インカレ10000m優勝

関西インカレ10000m優勝 ハーフマラソン優勝

西日本インカレ 5000m 2位 10000m 2位

京都選手権 10000m優勝

近畿選手権 10000m優勝

谷川真理ハーフマラソン優勝

グアムハーフマラソン優勝

上尾ハーフマラソン一般の部優勝

 

大学卒業後

実業団4社からの誘いを断り、ドイツ人コーチDieter Hogenの下でトレーニングを続ける。所属は1990年にCoach Hogen、イギリス人マネージャーのキム・マクドナルドらで立ち上げたKimbia Athletics。

 

大阪ロードレース優勝

ハイテクハーフマラソン二連覇

ももクロマニアハーフマラソン2位

グアムマラソン優勝

大阪マラソン2位

 

自己ベスト

ハーフマラソン 63分09秒

30km 1時間31分53秒

マラソン 2時間13分41秒

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